
どうも。出来損ないの3代目、ロダン三世です。

こんちわ、チッチだよ。

ポッポ
我々はどこから来て、我々は何者か、我々はどこへ行くのか

今回は第1回目なので、この基本かつ壮大なテーマについて考えてみます。
「我々はどこから来て、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」
どこかで聞き覚えのある言葉、画家ゴーギャンの有名な絵画のタイトルにもなっている言葉ですよね。
これは人間の永遠のテーマともいえます。人間が考えるあらゆる問題を突き詰めていっても、結局はこの問いかけにたどりつくような、根源的で究極の問題だと思うんです。
ただこれカッコ良すぎる言い回しなんで、かんたんに言いかえてみるとこうなります。
ボクたちの住んでいるこの世界はいつから始まったのか。
ボクたちはなぜ人間なのか。
ボクらは将来どんな夢を見るべきなのか。
人はだれしも「どうしてボクらはこの世界に生きているんだろう?どうして、この世界だけにしか生かさせてくれないんだろう?」と、どこかで疑問に感じてますよね。
満たされない世界、満たされたい人間
でもこの人間世界というのは、結局、絶対に満たされない世界なんですよ。はじめから重い結論ですけどw
どうやっても満たされない。にも関わらず、ボクたち人間は、満たされたいために生きているんです。おかしいですよね。ここに絶対的な矛盾があるわけです。

満たしてほしい……
ボクらはこの絶対的な矛盾を受け入れた上で日々生きているわけです。
満たされない世界、なのに人間は満たされたい。
どんなことを考えたとしても、その果てには
「諦めきってはいないけど、まぁ、満たされないことをずっと考えてても仕方がないか。
それよりも、身近な生活の中で楽しいことを思い描いて、ささやかな夢を目指していこう。
完全に満たされることはなくても、何かしらの幸福感を感じながら生きていければいいかな」と思って生活していますよね。
残酷な言い方をしてしまうと、どこか人間は諦めながら生きています。

めんどいし…
どうして僕らはこの世界に生きているのか。生かされているのか。
この世界でどうやったら幸せになれるか。欲望を満たせるか。どんな喜びを見出すべきか。
これはやっぱり考え続けなくてはいけない、と思います。
不公平な世界

子供の頃は、すごく素直でまだ何も知らないから色々考えますよね。ボクが子供の頃よく思ったのは 、
「なんで寂しいとか悲しいという感情なんかがあるんだろう。こんな感情、無くたっていいのになぜ作られたんだろう?」
とか、
「どうして僕たちは死ぬんだろう。いつか死ぬ、って分かっていながら、どうして僕たちは生きているんだろう」
とか思ってましたね。実はみんなも思ってませんでしたか?

中2っぽいやろ
そこから少しずつ成長していろんな事を知りはじめると、何なんだこの世界は?と疑問に思うんですが、いつのまにか
「まぁ、こういう世界だから仕方がないか。みんなそうだし、一緒だもんね。だから、ささやかな自分なりの幸福を見出してそのために生きていこう」
となっていく。諦めの中で生きている。
しかも幸福にはなれないとはいえ、世の中ってすごく不公平じゃないですか。裕福な人もいれば、生い立ちからして恵まれない人もいて、不公平。そこも納得が行かないんですよ。

もし、神様なるものがいたとして、命をいただけたことはありがたいし感謝もするんですが、どうしてこんな不完全で未完成な世界を作ったんでしょうね?
完璧な世界にしてくれたうえで僕らを産んでくれよ!と思うし、完全な世界が無理なら、いっそ完全に壊れた世界のほうが良かったんじゃないか?!

まぁ、そないにキーキーならんでも
まずは、僕たちの生きているこの世界。この世界はいつから始まったのか。どこをスタートラインとして考えるのか、ということから考えはじめましょう。
そもそもボクらは一体何者なんだ⁈ という問題
まず人間の始まりはどこを起点として考えるのか。スタート地点はいろいろ設定できると思うんです。
宇宙の始まりから、と考えるべきか。それとも地球の始まり、生命の始まり、動物としての誕生から考えるべきか。
正直どれもピンと来ないんですね。やはり人間というのはあくまでも人間ですから、人間というものの始まりから考えなくてはいけません。
人間というのはある意味で動物を超えた存在です。もしかしたら、生命や宇宙すら超えた存在なんじゃないか。…といっても、オカルト的なことが言いたいわけではないんですよ。

チッチ、「ムー」だいすき!
人間がとっても特殊なワケは、人間は目に見えるリアルな現実世界を超えた、虚構やイメージの世界、空想、幻想、共同幻想の世界を作ることができるからなんです。

戦後最大の思想家、吉本隆明の代表作のひとつである「共同幻想論」。人が集団になったときに掲げる幻想について論じています。日本の現代思想を知る上では欠かせない一冊。
人間は現実世界に生きているんじゃなくて、じつは虚構(共同幻想)の中で生きている動物なんだと思うんです。
人間は、生物として生きる合理性を超えてしまい、目に見えるもの以外の「何か」を求めているんですね。
それは何か?シンプルにいえば、愛情とか夢、享楽的なものために生きていると思います。
やっぱりこれは他の動物とはまったく違う。
もしかしたらこの世界の中でも突出して奇妙な価値観を持っているんじゃないかな。
なんたってこの自然摂理を越えようとしているわけですからね。
さらに人間のおかしな点は、
調和のとれた美しいものを求めて愛しているふりをしつつ、どこかで醜く破滅したものや、この世にない超越した「不可能なもの」を渇望しながら生きているところです。
そういうものにこそ美しさ見つけることができてしまう。
惹きつけられてしまうんですね。
人間は、この宇宙をふくむ世界の摂理や倫理の外に出ようとしてしまう、
非合理性を求めるおかしな存在なんだと思うんですね。
これ一言で言ってしまうと、人間は狂ってるんです。
だからこそ僕は素晴らしいとは思うんです。
人間はそれほど特殊に進化してしまった動物。
この奇妙に進化した人間が、人間世界を始めたのはいつなのか、
この事をちゃんと考えないといけないと思うんです。
それを知るために
人類の歴史にとって最大の出来事、最大の革命は何だったのか?について考えていきます。

「人類史上最大の革命」は何だったのか?テキスト版のつづきはこちら!

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