前回の話「動物から人間に変わる革命があった!」の続きです〜
前回の話:ボクらはなぜ幸せになれない?【理由は1万年前の大革命にある】その1
動物から人間になった革命
さあ、人類にとっての最大の革命とはなんだったのか。これはずばり「定住革命」です。
ボクはこの定住革命にこそ、現代の、今この瞬間まで続いている人間世界の始まりがあるんじゃないか、と思ってます。
チッチにわかるように話しちくり
ものすごくザックリ言うと、遊動民(狩猟採取民)から、定住民(農耕牧畜民)へ、暮らし方が変わったことです。
- 遊動民→ 住居を持たない。木の実や動物を採りながら移動して生活をします。
- 定住民→ 決まった家に住む。農耕や牧畜をして生活します。
定住革命をくわしく解説した、西田正規の「人類史のなかの定住革命」。この名著は、哲学者・柄谷行人が「世界史の構造」に引用していたり、おなじく哲学者・國分功一郎が最近の名著「暇と退屈の倫理学」に丁寧に引用してるッポ。宮台真司も定住革命についてはいろいろなところで語ってるポー!
定住革命は1万年前
1万年前。。はぁそーですか(ピンとこない)
いろいろな説があるんだけど、人類が生まれたのはおよそ500〜600万年前と言われていて、そこから旧人とか新人に進化しつづけて、定住革命が起きたのは今からおよそ1万年前なんです。
1万年前から定住生活が始まった。…ということは、人類は誕生してから99.9999%ぐらい、ほとんどの時間は遊動民だったんですよ。
じゃあ、定住革命つい最近!?
長〜い歴史からみれば “つい最近”
ボクたちは生まれた時から定住民です。だから遊動民と聞いてもまず「大変そう…」って思いますよね。
なんたって、家がないわけでしょ。雨風しのぐは大変そうだし、農耕牧畜が無いのに食料を確保できたのかな?と心配になります。
遊動っていうぐらいだからずっと歩き続けるのかな、しんどいな…とかね。遊動民というのは、貧しくてかわいそうで、定住したくてもできない、そういう人類の段階なんじゃないかとついつい考えてしまいます。
大変なのカンベン。。
でも、こうも考えられないでしょうか。
はたして、遊動民たちは定住したいなんて考えていたのだろうか?
遊動民は定住民になりたかったのか?
人類は何百万年も遊動生活に耐えながら、いつか絶対に定住するぞ!とか願いながら生きてきたんでしょうかね?
だって、誕生から数百万年の間、ずっと遊動民だったわけですよね。肉体の造りや心理の構造、生物的な行動様式、それらすべて、実は遊動生活にこそ適していたのではないか、という説があったりするんですよ。
そう言われる理由、遊動生活にはいくつものメリットがあるからなんです。
遊動民はメリットがたくさん
遊動民のメリット「食料」
まず食料。大自然それ自体が豊富な食料庫だから、実は食べ物に困ることなんかなかったんじゃないかと言われています。
むしろ、定住するほうが食料がなくなるんです。なぜなら住居の周りにある木の実や動物を、全部食べつくしてしまう。
でも遊動民たちは食べ物が無くなったら移動し、移動した先で食料を確保する。食べ尽くしても前の場所に戻れば、そこには新しく再生された自然の豊富な食料に恵まれるのです。
遊動民のメリット「ゴミ問題」
常に新しい環境に行けるので、ゴミや排泄物によって荒れた環境から立ち去れるんですよね。常に新しい環境にいられる。これはとてもいい感じですよね。
遊動民のメリット「労働」
遊動民たちにとっての仕事は食料を採ることだけなので、食料さえ確保してしまえば1日わずか数時間も働いただけで仕事は終わりです。
そこからは昼寝したり、みんなでおしゃべりしたり、ずっと遊んで生活していたんじゃないかと言われているんですね。
遊動民らくちんやーん
そのようなことから、遊動民だった頃の人類というのは、自由に、美しい自然の中でたくさん遊び、豊かな食べ物に恵まれていた。地球は人類にとって地上の楽園だったのではないか。こんな風に言われていたりするんです。
じゃあ、その遊動民と比べて、今のボクらつまり定住民たちはどんな暮らしをしているか。ちょっと整理してみましょう。
遊動民と定住民の違い、続きはこちらのページからどぞ!
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