ボクらが見るべき「夢」の本質(1)【ギョべクリ・テペとアダムとイブ】

ロダン三世

どうも。出来損ないの3代目、ロダン三世です。

チッチ

まいど。チッチだよ。

ロダン三世

「我々はどこから来て、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」
という壮大なテーマの続き。
今回「我々は何者か」がちょっとずつ見えてくるよ〜

前回の話:ボクらはなぜ幸せになれない?【理由は1万年前の大革命にある】その4

どうしても定住社会を始めたかった理由とは?

前回、たくさんのデメリットを背負ってまでも定住社会(農耕牧畜)を始めた革命があったという話をしました。
なぜ定住をはじめたか?その一般的な理由とは『気候の変動によって食料が取れなくなってしまった。だから仕方なく定住して農耕牧畜を始めた』という説です。

でも実はこの通説を覆す大発見があったんですよ。

それは何かと言いますと「ギョベクリ・テペ遺跡」の発見なんですね。
この遺跡、1994年にトルコ南部の山頂で農夫がぐうぜん掘り当ててしまった古代遺跡なんです。

この古代遺跡の一部の神殿が、なんと約1万2千年前のものだとわかりました。これは、現存する世界最古の神殿です。この「1万2千年前」というのが大事なポイントです。

出典:wikipedia ギョペクリ・テペ

神殿が作られた「時期」がポイント

神殿とは、神様を祀って(まつって)宗教儀式をする建物です。その神殿が1万2千年前に作られていた、ということは定住社会が始まったとされる1万年前よりさらに2千年も前に神殿が作られていた可能性があるのです。

要するにこの発見によって、「人間社会の始まり」の理由が変わってしまうわけですよ。この世界の誕生の理由が変わる。これは面白いです!

遺跡発見でこれまでの通説がくつがえる!!

まとめるとこんな形ですね。

これまでの通説

遊動民

食糧危機なので農耕牧畜をはじめる

定住社会化

定住社会を維持するために
神や宗教
の概念を創った

それが、ギョべクリ・テペ遺跡の発見によって、こう訂正されるかもしれません。

新しい説

遊動民

神や宗教
の概念を見つける

神をまつって儀式をするために便利だから
定住社会


その生活を維持するために農耕をはじめた

それに、ギョベクリ・テペ遺跡の周りには、住居の跡が無いらしいんです。農耕や牧畜を行った跡もなくて、生活に関するものは一切発見されていない。
ということは、神殿は、人類が定住生活を始める前に建設されたと考えられるわけですよね。

出典:wikipedia ギョペクリ・テペ

ただこの遺跡、発掘調査が終わるのがあと50年位かかると言われてるらしいです。もっと早くできないんでしょうか、これ?

チッチ

早よ掘って〜〜!

だって、とても大きな意味のある遺跡です。現代まで続く人間社会の、つまり世界の誕生の秘密に関わることですから、なんとか早く調査してくれないかなぁー、と思うんですけどね。

食べものより欲しかった「未知の何か」

1万2千年前なんて、今のような輸送技術はありません。技術も道具も何もない中、当時の古代人たちは手作業で大きな石や岩を持ち運んで神殿を建設したんです。

何がすごいって、神殿や宗教儀式を作っても、食料のように直接的に生活が快適になるものではありません。にもかかわらず古代人は、目に見えない不合理性・超越性を探し当てたいがために、とてつもない労力をかけて、神殿を作ったわけです。虚構である「未知の何か」を強く強く求めたんですね。

チッチ

人類、狂っとるね…

「豊かさは、食料よりも、神秘性や超越性を求めることにある」と、どこかで考えが至ったということなんです。

神殿が大切すぎて、生活をまるっきり変えた?

神殿を作り上げるためには、その場所に一定期間いつづけて作らなければならないので、しかたなくそこに留まる。つまり定住せざるを得なくなります。

決まった場所で、寝て起きて神殿を作る、寝て起きて作る、を繰り返す。そうこうしているうちに、食料もその場所で採りたくなってきたわけですよね。

遊動民(狩猟採取民)だった時は、食料のある場所に採りに行っていましたが、これがどこかの時点で「めんどうだ!」となったんでしょうね。

神殿のそばに住んで、そこで食料を自給できるようになれば、神殿はもっと早く大きくできるんじゃないか?神なるもの、宗教性のあるものを手に入れるための神殿を建てることに集中できるぞ」…そんな風に当時の人類は考えたんじゃないでしょうか。

また面白いことに、このギョベクリ・テペ遺跡の場所から30キロほど離れた場所が、「小麦農耕の発祥の地」とされているんですよ。世界最古の文明、シュメール文明やメソポタミア文明とも距離が近くて、人類の一番最初の文明が芽生えた場所と一致するんです。

まさか「超越性のための」定住革命だったとは!

ボクたち現代人が暮らすこの近代化された社会では、当たり前のように合理性だけを求めて毎日暮らしています。だから「古代、1万年以上前の遊動民たちは、食料に困って仕方なく定住して農耕牧畜を始めたんだろう」と現代人は勝手に決めつけてしまったんですよね。

ギョベクリ・テペ遺跡の神殿が発見されるまでは、まさか「食料などの生きるための合理性よりも、目に見えない超越性を求めたからこそ、定住化して農耕牧畜まで始めてしまった」とは考えられなかったわけです。

チッチ

思い込みはアカンな〜

確かに考えづらいですよ。だってそれまで遊動民の生活は数百万年も続いてたんです。美しい自然、食べ物も満ちあふれている楽園です。

でも、その自由な楽園での生活から離れたとしても、目に見えない超越性や神秘性を探し求めるために定住することを選んだわけですよね。

人類は、現実世界を超えようとした初めての存在

おそらくそこまでして神秘性を求めた存在は、この地球史にはいないんじゃないか。もしかしたら宇宙史でも初めての挑戦・冒険だったのかもしれません。

もちろん、宇宙人はまだ発見されていないので、遠い遠いどこかの星でボクたち人類と同じようなバカな生命存在がいて、同じように、目に見えない何かを求めようとしてるのかもしれないけど……

チッチ

いるって!生命体!(「ムー」愛読者)

でもやっぱり、自然を超えて、現実世界を超えて、なんなら宇宙をも越えようとした存在は人類だけなんじゃないかとボクは思うんですよね。

「地上の楽園」からの追放

先ほどの「遊動民は、地上の楽園から離れた」という話。これ聞き覚えがあるぞ?と気づいた方がいるかしれません。そんな神話がありますよね。ボクはその神話とギョベクリ・テペ遺跡の話が重なってしまうんです。あの楽園から追放された二人の男女。世界のはじまりの話。

出典: Wikipedia 禁断の果実

旧約聖書、アダムとイブの神話です。
ボクは、ギョベクリ・テペ神殿を調べれば調べるほど、このアダムとイブの神話がどうしても重なってしまうんです。

ロダン三世

アダムとイブが、なぜ遺跡と重なるのか?
ロダンの大胆解釈、次回お楽しみに!

チッチ

ロダンの妄想ネ…

youtubeでこの記事の続きが見られるよ!

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